カテゴリ:特別なこと( 5 )

夫がアメリカ人を連れて、日本に仕事に行っておりました。実は大地震の時に、こちらの早朝に日本から電話をしてきたのは夫で、その時京都でのイベントを終えた新幹線の中で東京に向かっていました。5時間ほど車内に待機でしたが、その時走っていた電車は夜中になっても、全て行き先に到着させ、地震後発の新幹線だったら運休となって東京には辿り着けず、不幸中の幸いと言っていました。。
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色々あったようですが、とりあえず私も両方の親が無事なのがわかった段階では、夫がアメリカ人たちを無事帰路に着かせてあげられるか、が最大の心配事でした。それも、数々の偶然と夫の適切な判断のおかげで、もちろん日本での日程はキャンセルするものも多かったでしょうし、食べるものや飲むものに困ったことでしょうが、成田空港からアメリカ行きの飛行機に乗せてあげることができて、アメリカの家に着いてから、「ありがとう」のメールが届きました。
地震の前日には古い馴染みだったアルゼンチン人と京都で再会し、彼は地震の日の朝、ゆっくり成田に向かおうとしたところ、「何かあったら困るから早朝に行ったほうがいい」と夫はアドバイスして(それは一般的に夫が「早め」に準備をする人だからです。)、一緒に京都駅に行って新幹線のチケットを変更してあげたそうです。おかげで、成田空港に着いてからの地震だったので、もちろんその日は飛行機は飛ばず、一夜を空港で過ごしたそうですが、成田に着いているので翌日の便で帰ることができたというのです。だから彼もアルゼンチンに着いてから、「ありがとう」とメールをくれたらしいです。
自分たちの身もさることながら、せっかく日本に来ている友人、仕事仲間たちに、辛い思いをできるだけさせたくはなかったので、夫はよくやったなと思いました。成田空港を発つ時には、まだ飛行機に乗れなくて毛布に包まって待っている人たちがいっぱいいたそうです。成田エクスプレスも京成ライナーもストップしているそうです。

まだまだ被災者達の生活は続いて、原発の問題もあって、夫も母親を訪ねてからこちらに戻ってくるのに、後ろ髪を引かれる思いだったと思いますが、反対に断水状態で、自分の分の水や食べ物を確保してもらうほうも気が引けたというので、思い切って母をご近所さんに任せて帰って来たようです。被災地での生活は体力がいることです。どうか一日も早くあのような悪夢から解放されますように、願います。

今夜は満月です。そして、19年ぶりに地球と月の距離が近くなって、月が大きく見える「エクストラ・スーパームーン」だそうです。先ほど夫と夜空を見上げてきました。心なしか大きいような気がします。被災地の方々にも見えているのでしょうか。
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by minazuki2009 | 2011-03-20 10:18 | 特別なこと
かなりの衝撃的なニュースです、日本の東北を襲った大地震。私は早朝に日本からの電話で起こされ、寝ぼけ眼のままTVをつけ、ぼーっと聞いていたのが、改めて映像で事の大きさを知りました。そもそも日本国内では電話が通じないので、海外からかけて・・・と言う依頼の電話だったのですが、とんでもない。「わかった」ってかけてみたものの、全然通じず、後で聞いたら海外からの電話はシャットアウトしていたそうですね。それでなくても電話線がパンクしている状態ですもの。しかし、私が日本の親達と連絡を取れていない、と言う事すら折り返し連絡できず・・・もどかしい朝を迎えました。
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結局少しして向こうから電話をくれた母とは話ができて無事がわかったのですが、震源地に近いところに住んでいる義母の様子がわかったのは、深夜になってから。日本だと地震の翌日ですね。人を介して直接見に行ってもらって、避難勧告が出ているけれど自宅で待機していると言うことがわかりました。
一日が長かったです。我が家は日本のTVを受信していないのですが、NHKのUSTREAMをPCからTVに繋いで一日子ども達と見ていました。地図上だとモロ危険地域に義母はいるので、冷や冷やしました。まだまだ余震が続くようで終わっていません。実家の母は阪神大震災を経験しています。あの時も大変でしたが、親達がまた歳を重ねています。津波が来ても逃げられるのだろうか・・・と、海水浴場に徒歩で行けるところに住んでいるのでやっぱり予断は許されません。

ウチの親達には無理でしたが、インターネット、メールは活用され、離れているので親のことを心配してメールくれた友人には感謝しています。それこそ阪神大震災の時には、電報をもらって、文字数が限られていて内容がつかめず、何事かと反対にパニックになったので、メールは直接言葉が届いてありがたかったです。こちらで知り合ったアメリカ人もすぐに「祈っています」ってメールをくれました。おかげでFacebookも活用しています。

私達に今できることって何だろう・・・と考え、娘が筆頭に、私も息子も、各自でAmerican Red Crossに義援金を送りました。日本の赤十字がまだこの震災用に口座を開設準備中だったのと、こちらの銀行やクレジットカードを使って日本に送るのに、やはり在住の場所から送るのが便利だと思ってです。
全く連絡がつかないままの家族をお持ちの方もおられるようですが、みなさんの無事を祈ります。

我が家ではAT&TでTVを受信しているのですが、Japan TVを契約していない人にも特別に、リモコンを使えば日本のNHKが見えるサービスが行われているとメッセージが入りました。アメリカのTV会社ってやるじゃんって思ったのですが、何故かウチのリモコンでは認識してくれません。そういえばかなり前からリモコンが使えずマニュアルで操作していましたっけ・・・。あ~、落ち着いたらまたA社に電話を入れなくては!
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by minazuki2009 | 2011-03-13 12:43 | 特別なこと
引き続き暖かいメールのお言葉をいただいております。ありがとうございます。アトランタからお供えのお花もいただいてしまいました。申し訳なくてご遠慮したのですが、早速のお心遣いのおかげで、父は素敵な香りに包まれております。ありがとうございます。
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こころのところ、初めての経験が多くて、その度に色々インターネットを使って検索してみたので、私も今回のその後の事務的な処理を、一例として書き留めておこうかと思います。ご想像通り、日中すごく忙しいです。夫の義母に電話をしてそんな報告をしたら、「ここらへんでは(義母の住む田舎)全部葬儀屋さんがやってくれるから、自分達でやることは何も無い」と言います。ウチの実家とは違って立派な葬儀屋さんに頼んでいるからか、田舎だから親切なのか、それとも随分前の話なのか。私の経験としては、「第三者」に頼むのは容易ではないと思いました。私自身も娘でありながら、「住民票」が日本にないので、法的な手続きが踏めないものも多く、弟と一緒に役所などを回りました。この街の、我が家のほんの一例ですが、何かの参考になれば・・・。

亡くなって、主治医から「死亡診断書」(A3の用紙)を受け取ったら(有料)、その半分が喪主で書き込む「死亡届」になり、すぐに市役所に提出をして、戸籍から除籍してもらうと同時に、「死体火葬許可書」をもらい、これを葬儀屋さんに出して火葬場の予約を取ります。役所に届けを出す前に、生命保険の受け取りなどで必要なので必要部数コピーして置くように言われました。

告別式の翌日は早速、銀行に行きました。「亡くなると個人の口座は凍結されるが、大きなお金が必要だからすぐに引いたほうがいい」と田舎の親戚が心配してくれたからです。しかし、口座引き落としの口座変更の手続きをする必要など他の用事があったので、思い切って銀行の窓口で聞いてみたら、市役所の方から銀行に死亡の連絡が入ることはないので、本人の家族が届けを出すまで口座はそのまま使えるということです。だから、口座変更が完了した段階で印鑑を持って届けを出せばいいと言われました。ブログ友だちのKさんが、「都会だと口座はすぐには凍結しない」とおっしゃっていたのはきっとこれです。反対に田舎だと取引銀行が限定されるから、役所の人も銀行の人も誰が亡くなったかすぐわかって、もしかしたら親切で手続きされてしまうのかも。今回来てくれた親戚の町では、新聞にも告知を出すそうですから。

その後、市役所で手続きをしました。死亡届を出した時に市役所から手続きの手引きをもらい、ざっと40項目ほどありましたが、その中で必要なものー父の場合は13ほどーをチェックして窓口を回りました。弟は10数年前の祖父の時に、父と一緒に市役所に行ったそうですが、その当時より項目が増えていると言っていました。確かに、「後期高齢者」や「介護保険」などという言葉もまだありませんでしたからね。ほとんど、申請者の名前と住所、印鑑が必要なので、やはり私では住所がないので無理です。ものによっては、弟の印鑑登録も必要だったのすが、登録カードを持参していなかったので家に取りに帰ったりもしました。弟でも駄目なものは、「委任状」が必要でした。だから、義母の場合は、業者さんが委任状を何枚も用意して、義母に印鑑を押してもらって出していたのかなとも思います。今は、個人情報保護もあるし、親だから子だからだけでは、法的に許可されないものも多いと思います。

そして、翌日は年金事務所に行きました。行く前に電話をして問い合わせてよかったです。ざっと10種類の書類を提出しなくてはいけませんでした。ですので、実際は事前にまた市役所に行って、戸籍謄本や、除籍票などの必要書類を購入し(結構な金額になりますね)持参します。またこれが、委任状がいるのですが、それを書くのも母には煩わしそうなので、思い切って同行させました。おかげで、母を前にして私が代書することに許可が出ました。丁度この夏、不明高齢者の問題がクローズアップされています。死亡届を出さない家族と言うのは理解できませんが、年金受給を取りやめる手続きだけでもはっきり言って面倒なので、敢えて手続きをしないというのもわかるような気がします。不正受給の為というのは言語道断ですが、それくらい、お役所への書類提出は、わざわざ感があります。ウチの場合は、父の受給停止プラス、残る母へ遺族年金を支給してほしいので、面倒でも手続きをしなくては・・・と、思ったので頑張りました。

後ひとつ、税務署に「準確定申告」をするように言われました。父の死亡日までの確定申告です。4ヶ月以内に提出する必要があるのですが、先の年金事務所から源泉徴収票をもらってからなので、まだ揃わないので、用紙だけもらってきました。その中に、相続人の一人の私は父からの相続を放棄する旨の署名、印鑑などが必要なので、私がここで書いたものを訂正することになったら、どうなるかなと心配しているのですが、とりあえずわかるところだけ書いて準備して置くつもりです。

と、こんな感じで役所関係の事務処理を経験しています。色々勉強ですね。その後また、義母と電話で話した折、今度は、「私の時にも頼むわね」って言われてしまいました。あれ?
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by minazuki2009 | 2010-08-21 20:47 | 特別なこと
お悔やみの言葉や、たくさんの労いの言葉をいただきました。ありがとうございます。母も私も元気です。父の長患いは10数年にも及んで、最近の5-6年は通院以外外に出ることもなかったので、母が時間を気にしながら買い物に行ったり、美容院などは「行くぞ」と心して出かけていました。そして、今回私が来ての2週間はほとんどベッドから起き上がらず、痛がってもだえてあばれて、母と二人で寝ずの番で父の背中をさすりながら声をかけていたのが、後で考えれば最期の夜だったので、母にしても自宅介護に悔いなしと言う気持ちだと思います。やっと(父の体が)楽になれてよかったねって語っています。
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四十九日までは喪主は外に出てはいけない・・・と言う田舎の風習に従うには、私が帰った後、一人暮らしになる母はどうしたらいいの?と言うことで、私達の気持ちで、私の子ども達二人が関西にいる間に、みんなで「母を労う会」を催そうと、弟と夜の神戸に連れ出しました。写真は、神戸の港の夜景です。香港かカリブのような船が遊覧しているのですね。あいにくの曇り空でしたが、きらきらきれいな風景でした。

よく親の葬式で兄弟や親戚がもめる・・・と、聞きますが、ウチの場合はもめる遺産もなかったし、反対に、近くに住んでいながら、不器用で母を労うことも、父を見舞うこともしなかった弟は、今回の一連のことで私に感謝をしてくれたみたいで、やはり不器用な表現ですが、言葉がやわらかくなりました。父が結びつけた家族の絆ですね。

父は一度薬の副作用で興奮して、我を忘れて叫んで、母と言い争いになったことがあったのですが、その時ですら私にはとつとつと話をし続けるだけでした。思えば生まれてから一度も、私は父に辛く当たられたことがありませんでした。そして最期まで私を送り込んでくれた夫にも感謝してくれて、私は全身全霊愛されて育ちました。おかげで、私も自分の子ども達に無償の愛を注げるのかも知れません。
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by minazuki2009 | 2010-08-19 09:05 | 特別なこと
お盆を前に、父が旅立ちました。5-7月の2ヶ月滞在と、7月末からの今回の2度目の日本滞在は、ここ数年一人で介護していた母の手助けに、夫に送り出してもらっていたものでした。
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実は最初の私の訪日時には、「後数日」、二度目には「娘さんは間に合いませんね」と言われていたのが、私の顔を見ると元気になった父。お医者さんも「家族の力はすごいですね」って言われて、大学の夏休みになって子ども達二人とも日本に来て、丁度息子がこちらに来た夜、「おじいちゃん」って挨拶をして、その翌朝、亡くなったのも「孫が来るから」って待っていたのかなと思われます。痛み止めが効きすぎて興奮した後、「家族が一番、家が一番」って言っていた父。希望通り、家で母の介護で看取られました。幸せだよね。

ご想像通り雑務に追われていますが、今日は休日で役所仕事もお休みなので出向けず、一息つくつもりです。母はそれでも毎日家の中を片付けています。体を動かさないとやってられないのでしょうね。自分達のことも色々考える日本滞在です。父を毎日抱えてトイレさせていたので、「ナダルの腕」になった私です。
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by minazuki2009 | 2010-08-15 10:30 | 特別なこと